ACPを「特別なもの」から「日常の対話」へ ─ 北見発、地域でつなぐ新しい挑戦

2024年6月、北見市で興味深いワーキングチームが動き出しました。「地域でつなぐACP推進ワーキングチーム」。集まったのは看護師、理学療法士、言語聴覚士、ケアマネジャー、救急隊員、市議、そして医療従事者たち。多職種が一つのテーブルを囲み、率直に語り合った90分の記録から、北見の医療現場が直面する課題と、その突破口が見えてきました。

「ACPって何?」から始まる正直な対話

「正直に言って、ACPという単語を5月の研修会で初めて知りました」
元救急隊員の参加者が、会議冒頭で切り出したこの言葉が、この日の雰囲気を象徴していました。飾らない、率直な対話。それがこのワーキングチームの出発点です。

ACP(アドバンス・ケア・プランニング)──日本では「人生会議」とも呼ばれるこの概念。終末期医療の選択だけでなく、その人がどう生きたいかを話し合い、支える取り組みです。しかし現場では、「難しい」「ハードルが高い」「何から始めればいいかわからない」という声が溢れていました。

現場から見えた「3つの壁」

  1. 認識の壁:「特別な儀式」になってしまったACP
    「外来では小規模だったから相談しながら進められて、患者さんに聞いたらすごく喜んでくれた。でも病棟に移ったら、ほとんどやってなくて『難しい』と言うスタッフばかり」
    メンバーの所属する病院の看護師が語ったこの経験は、多くの参加者に共通していました。ACPを「核心を聞かなければいけない特別なもの」と捉えるあまり、踏み出せない。

一方で、別の理学療法士はこう気づきます。
「患者さんと20分リハビリしながら話していることが、実はACPにつながっていた。『道路を渡れるようになりたい』『孫の運動会に行きたい』──そういう生活目標を共有することでいい」

  1. 連携の壁:情報が「途切れる」システム
    「外来と病棟、そして地域への結びつきが全然できていない」「入院中に家族が語った思いを、次のリハビリ病院に引き継げていない」

ACPは一度決めたら終わりではなく、「揺れながら深まる」プロセス。しかし、現状では病院内ですら情報共有が不十分。ましてや在宅や施設との連携は、ほとんど機能していませんでした。

  1. 制度の壁:救急現場の「法的ジレンマ」
    「DNARは患者と病院と家族の約束事であって、救急隊との約束事ではない。法に触れる可能性があるので、どう扱っていいか迷う」
    年間7,500件の出動のうち、高齢者が65%、CPA(心肺停止)案件28件中、DNARの意思表示があったのは8人。しかし不搬送になったのはわずか1人──救急隊員の切実な声が、制度と現実のギャップを浮き彫りにしました。

突破口は「入院」にあった
ワーキングチーム発起人の一人が提案したのが、「地域連携型ACPモデル」という考え方です。

ステップ1:入院中にACPを始める
非日常的な環境だからこそ、患者も家族も「この先どうなる?」と考える。医療者が寄り添い、対話のスイッチを押す。

ステップ2:在宅で継続する
ケアマネジャーや訪問看護師が、日常生活の中で対話を重ねる。

ステップ3:再入院時にフィードバック
在宅での対話内容を病院に戻す。何度も行き来しながら、本人の考えが深まっていく。

「北見市内で要介護認定を受けている人のうち、月に約180人が入院・退院を繰り返している。仮に月100人にACPのスイッチを押せたら、年間1,200人。3年で北見の要介護高齢者の多くがACPを経験できる計算になる」
机上の理想論ではなく、現実的な数字に基づいた戦略。現実味を帯びてきました。

「書式を変える」という勇気
議論の後半、実務的な提案が飛び出しました。
「入院時の看護基礎情報用紙って、ACPのこと聞いてないですよね?」
「退院時のサマリーも、治療経過ばかりで、患者の想いは書いてない」
「書式を変えちゃえば、みんな書かざるを得ない」

ACPという言葉を使わず、「療養意向調査」「価値観シート」として組み込む。ケアマネジャーが病院に渡す情報提供書にも、本人の意向を書く欄を追加する。
地道な草の根活動も大事だが、仕組みを変えれば文化が変わる──このシンプルな真理が、具体的な行動計画に結実しようとしていました。

9月の研修会:「騙して」でも来てもらう
「病棟看護師が『ACP研修会』なんてタイトルで来るかな?」
参加者の一人が投げかけた疑問に、会場が笑いました。そして出た意見は──

「ACPの『A』の字も出さずに、情報共有の書式を見直す研修会にする」
「あなたのケアはこれで良かったのかと疑問に思ったことはありませんか?」
「患者さんの思いをどう引き継いでいますか?」

キャッチコピーで興味を引き、実際に参加してみたら「あれ、これってACPだったんだ」と気づく仕掛け。
ハードルを下げ、敷居をなくす。「騙す」のではなく、「自然に巻き込む」戦略です。

残された課題:医師の理解と市民への啓発
「医師の理解がないと、私たちがどんなに頑張っても崩される」
「看護部長ですらACPを知らない人がいる」

現場の声は厳しい現実を突きつけます。しかし同時に、希望もありました。

「一度治療を始めたらやめられない」という旧来の医療観から、「効果がなければ本人の意向に沿って中止する」という新しいガイドラインへの転換。
医師会での勉強会、市民向けフォーラム(10月3日開催予定)、地域包括支援センターとの連携──多層的なアプローチが動き始めています。

終わりに:「タツトリ」を増やすのではなく
日本総合研究所 SMBC京大スタジオ事務局の「幸せな人生のしまい方白書」によれば、人生の終わりに向き合う人は2タイプ。「タツトリ(立つ鳥跡を濁さず)型」と「ノトナレ(あとは野となれ山となれ)型」。
「全員を『タツトリ』にしようなんて、おこがましい」
参加者の一人が言い切りました。大切なのは、選択肢があること、決めたい人が決められること、そして決めない自由もあること。

ACPは決定の押しつけではなく、対話の継続です。北見の挑戦は、まだ始まったばかり。しかしこの日集まった多職種の「本音」が、確実に次の一歩を踏み出していました。

【編集後記】
会議終盤、ある理学療法士が「このワーキングに参加して、ACPを説明できるようになりたい」と語りました。知識を得るためではなく、実践を通じて言葉を紡ぐ──その姿勢こそ、北見モデルの核心かもしれません。

9月末の次回ミーティングで、この物語がどう続くのか。続報をお楽しみに。

*本記事は、2024年6月30日開催「第1回 地域でつなぐACP推進ワーキングチーム」の会議録音をもとに作成しました。