「最期まで暮らせる地域」へ 令和8年度の活動計画が始動します

北見圏域の医療・介護・福祉の未来をつくる「北見在宅圏域多職種連携・ケアネットワーク」の令和8年度活動方針が決定しました。
今回の幹事会では、「迷わない地域づくり」をスローガンに、現場の困りごとを解決するための具体的な8つのプロジェクトが打ち出されました。

私たちの目指すのは、10年後に「日本で一番、最期まで暮らせる地域」「医療や介護のことで迷わない地域」と評価される北見モデル(北見Way)の確立です。

今年度の核となる「4つの場面」と「8つの事業」
これまでの多職種連携をさらに一歩進め、現場のニーズに即した「4つの場面」に整理して活動を展開します。

入退院支援
入退院時情報共有ルール整備:市町ごとに異なる連絡ルールを整理し、標準的な情報共有の仕組みを構築します。
地域でつなぐACP推進:「平時は切り出しにくい」という現場の声に応え、「入院」をきっかけに対話を開始(一言聞き、一行記録する)し、在宅へ繋ぐ継続的モデルを推進します。

日常の療養支援
重度化予防推進:口腔・栄養・運動・服薬を一体的に捉え、多職種でフレイル予防に取り組みます。
高齢者施設連携強化:形式的な協力医療機関契約を超え、急変時や入院調整において「実際に機能する連携」のマッチングを支援します。

急変時の対応
救急搬送適正化・不搬送ルール検討 搬送の判断に迷う現場の負担を軽減し、本人や家族の意思に沿った判断を地域ルールとして確立します。
看取りの質(QoD)調査:施設での看取りに関する遺族アンケートの結果を地域へ還元し、ケアの質向上に繋げます。

看取り
在宅医療グループ診療体制構築:医師の負担を分散させ、持続可能な24時間のバックアップ体制を検討します。
在宅医療普及啓発:10月に開催予定の「北海道在宅医療推進フォーラム in きたみ」を通じ、市民と共に「自分らしい最期」を考えます。

活動のポイント:スノーフレーク・リーダーシップ
代表幹事の菊地憲孝先生は、「雪の結晶(スノーフレーク)のように、現場の一人ひとりがリーダーシップを発揮し、繋がっていく組織」を理想として掲げています。

共に活動する仲間を募集します!
5月26日(火)に開催される「第3回 北見圏域多職種ネットワーク研修会」にて、これらのワーキングチームのメンバー募集を開始します。
住民はもちろんのこと 「支援者をも孤立させない地域医療・介護文化」を、私たちと一緒に育てていきませんか。

第3回 北見圏域多職種ネットワーク研修会(5/26開催)
講演:地域の医療・介護文化をつくる -入退院、急変、看取り、その迷いをどう支えるか-

第4回 北見圏域多職種ネットワーク研修会(6/16開催)
講演:フュータイル・ケアと人生会議 -後悔しない最期のために-

地域でつなぐACP推進事業 -入院を起点とした継続的対話モデル- への期待

意思決定は、なぜリセットされてしまうのか

在宅医療連携の現場に関わる中で、ずっと感じていることがあります。それは、「意思決定がつながっていない」ということです。

入院するたび、退院するたび、そして急変のたびに、その都度、「どうしますか」と問い直されています。

もちろん、その問いは必要です。
しかし本来、本人の意思や価値観は、その都度“作り直されるもの”ではなく、時間をかけて積み重なっていくものです。

これまでACPが地域で取り組めるよう取り組んできました。一定数の医療職の方やケアマネジャーは既に実践しています。
しかし多くの現状では、医療と介護の場面ごとにその対話が分断され、結果として意思決定が「リセット」されてしまっているのです。
ここに、地域としての大きな課題があると考えています。

入院という「これからを振り返る機会」を活かす

これまでACPは、「いつ始めるかが難しい」と言われてきました。
ケアマネジャーの皆さんは、「ACPの取り組みの必要性は理解できるが、平時(病状の安定期)に利用者へACPを持ち掛けることはタイミングとして難しい、きっかけが必要」という声が多く聞かれました。
確かに、日常の安定した生活の中で切り出すのは容易ではありません。

一方で、入院した場合はどうでしょうか。
患者・家族にとって、今後の生活や医療のあり方を考えざるを得ないタイミングであり、医療者が自然に関わることができる場面でもあります。

そこで、入院を「起点」にしてはどうかと考えたのです。

大きなことをする必要はありません。「これから大切にしたいことは何ですか」
その一言を問いかけ、一行だけ記録に残す。

その小さな対話が、退院後の在宅療養につながり、再入院時にまた引き継がれていく。

「決める」から「育てる」へ

意思決定とは、一度決めて終わるものではなく、状況に応じて変化しながら“育っていくもの”、“変わっていくもの”です。

医療の場面だけで完結させるのではなく、在宅、施設、そして再入院と、地域全体で対話をつないでいく。

その仕組みを整えることが、これからの在宅医療に求められているのではないでしょうか。

迷わない地域とは何か

「迷わない地域」と聞くと、迷いが存在しない状態を想像しがちです。
しかし実際には、医療において迷いがなくなることはありません。
重要なのは、その迷いを“個人に背負わせない”ことです。

地域の中で支え合いながら、迷いながら意思決定ができる状態、それこそが「迷わない地域」なのだと思います。

今回取り組もうとしている「地域でつなぐACP推進事業 -入院を起点とした継続的対話モデル-」は、決して新しい仕組みを一から作るものではありません。

今ある医療と介護の間に、「対話をつなぐ流れ」を取り戻す取り組みです。

まずは無理のない形で、小さく始める。
その積み重ねが、地域の医療・介護文化をつくっていく。

そのような視点で、関係機関の皆様と共に検討を進めていければと考えています。

私たちの任務かどうか引き受ける態度で「私たちは何者か」が決まる

時折、過去の自分に出会い直すような瞬間がある。先日、2022年に医療ソーシャルワーカーの全国大会シンポジウム「我々は何者なのか? 過去、現在から未来に向けて考える」で私が講演した資料が、ひょんなことから出てきた。

読み返してみると、不思議な感覚になる。「ああ、そうだな」と素直に思う。自分で書いたものだから当然なのだが、同時に、今の実践の中でもなお有効な問いがそこに残っていた。

当時、私は少し挑発的な立場をとっていた。「私たちは何者か」を問うべきなのは、私たち自身ではない。
それを規定するのは、常に“他者”である。

医療ソーシャルワーカーとは何か。どれだけ制度に位置付けられ、診療報酬に明記されたとしても、社会や住民がその存在を認識していなければ、それは「何者でもない」に等しい。

にもかかわらず、私たちはしばしば、自分たちの役割を自分たちで定義しようとする。それはどこか内向きで、自己完結的で、そしてどこか「安全」な営みでもある。

在宅医療・介護連携の現場では、よくこう問われる。

「で、どうすればいいんですか」

入退院時の連絡が来ない。
来ても内容が使えない。
担当者によって質がばらばら。

これは医療ソーシャルワーカーに限った話ではない。
多くの職種が、制度や環境の制約の中で仕事をしている。

「診療報酬で決められているから」
「所属機関の方針だから」
「時間がないから」

確かに、それらは事実である。
しかし同時に、それらは「できない理由」としても機能してしまう。

ここで問われるべきは、能力や制度ではない。
その課題を「自分たちの任務として引き受けるのかどうか」という態度である。

かつて、社会福祉士が診療報酬に明記される以前、医療ソーシャルワーカーは医療機関の中で極めて曖昧な存在だった。

院内の「何でも屋」。
どこにも属さず、しかしどこにでも関わる。

それは裏を返せば、「境界を持たない職種」でもあった。

だからこそ、常に問われてきた。
これは仕事(work)なのか、それとも単なる労働(labor)なのか。

この問いに明確な答えはない。
しかし一つ言えるのは、医療ソーシャルワークとは本来、制度や役割の外側ににじみ出る「社会の困りごと」を扱ってきた実践だったということだ。

「これがなければ医療ソーシャルワーカーではないもの」

「私たちは何者か」を直接問うよりも、
「これがなければ医療ソーシャルワーカーではないものは何か」と考える方が、本質に近づくように思う。

なぜなら、私たちの対象は常に変化してきたからだ。

医療、介護、生活、地域—
その境界は揺れ続けている。

であれば、固定された役割や機能ではなく、どのような課題に向き合い、何を引き受けてきたのかこそが、その職種の輪郭を形作る。

近年、医療ソーシャルワーカーの世界にも、ある種の“短期志向”が広がっているように感じる。

いかに制度に位置付けられるか。
いかに現在の業務の価値を最大化するか。

もちろん、それ自体は重要である。
しかし、それだけでは「今良ければいい」という思考に陥る。

かつて、精神保健福祉士法案をめぐる議論があった。
その本質は、制度の是非ではなく、
「未来に向けて、私たちは何者であるべきか」という問いだったはずだ。

長期的な視点で、自らのあり方を問い続ける。
その営みこそが、職種の価値を形作っていく。

ここで改めて考えたい。

私たちの任務とは、あらかじめ決められているものなのだろうか。

確かに、制度や職務記述は存在する。
しかし現場で起きている問題の多くは、その外側にある。

入退院連携のほころび。
意思決定の宙づり。
地域での孤立。

それらに対して、「それは私たちの任務ではない」と線を引くのか。
それとも、「これは自分たちの任務だ」と引き受けるのか。

その選択の積み重ねが、結果として
「私たちは何者か」は外側から規定されていく。

境界を引くほど、取りこぼしは増える

世界を正確に理解しようとすればするほど、私たちは物事を分解し、区別しようとする。しかし、部分を精緻にすればするほど、全体はその分だけ広がっていく。

つまり、「ここまでが自分たちの仕事だ」と明確にすればするほど、「それ以外」は誰の仕事でもなくなっていく。そしてそこに、社会の困りごとが取り残される。


結局のところ、「私たちは何者か」という問いに、先に答えはない。あるのは、日々の選択だけである。

その課題を引き受けるのか
見送るのか
関わり続けるのか
手放すのか

その一つひとつの態度が積み重なり、後になって「あれが私たちだった」と語られる。

医療も介護も、そして社会そのものも変わり続けている。薬剤師は対人業務へ、医師は社会的処方へと役割を広げている。それはすべて、「社会からの要請」に応じた変化である。

であれば、医療ソーシャルワーカーもまた、あるいは在宅医療・介護連携に関わる私たちもまた、
問うべきは「何者か」ではない。

目の前の課題を、自分たちの任務として引き受けるのかどうか。

その態度こそが、これからの私たちの輪郭を形作っていくのだと思う。