医療ソーシャルワーカーの新たな挑戦:在宅医療連携拠点が拓く「退院できる地域」の未来

先週、2026年6月14日に開催された「MSW協会 盛岡全国大会」および「日本医療社会事業学会 岩手大会」のシンポジウムで、「在宅医療に必要な連携を担う拠点」の現在地について発表する機会をいただきました。北見在宅医療圏連携拠点センターの取り組みを通じて、地域医療におけるソーシャルワーカーの役割を再定義する、示唆に富む内容になったと自負しています。

縮小する地域資源の現実と「退院できない地域」の危機

現在の日本が直面しているのは、医師、看護師、ケアマネジャー、介護職員といった医療・介護資源の減少です。この現状は、これまでの「当たり前」を崩壊させ、医療機関の統廃合も進んでいます。その結果、少ない資源で多くの患者さんを支えなければならないという、私たちにとって切実な課題が浮上しています。

これまでの医療ソーシャルワーカー(MSW)の仕事は、退院支援や制度紹介、在院日数の短縮が中心でした。もちろん、これらも非常に重要な業務です。しかし、私は、退院先の「地域」が変わらなければ再入院が増加し、「目の前の疾病のみならず、退院後の『暮らし直し』が重要」という点を強く強調しました。このままでは、患者さんが退院したくてもできない「退院できない地域」が完成してしまうという危機感を、私自身、強く抱いています。

「地域を立て直す」という新たなミッション

では、MSWである私たちは、この現状にどう立ち向かうべきなのでしょうか。私は、「地域の実状を立て直す」という新たな業務の重要性を提言しました。これは具体的に、以下のような地域を実現することを目指します。

   なるべく入院せずに暮らせる「在宅医療」が行き届く

   入院しても自分のことを分かってくれる「ケア」がある

   認知症や要介護になっても周りが助けてくれる「近所の助け合い」がある

   自分に決めたことが実現する「意思実現支援」が成り立つ

これまでのMSWの役割に加え、地域そのものの機能を高め、患者さんが安心して地域で暮らし続けられる環境を作る「地域づくり」への貢献が、私たちには求められているのです。

在宅医療連携拠点との強力なコラボレーション

このような「地域を立て直す」活動の中心となるのが、「在宅医療に必要な連携を担う拠点」です。しかし、現状の拠点の多くは「会議の事務局」や「調整役」に留まり、与えられた役割をこなすことに終始しているという課題も、私自身、感じています。

そこで私が提案したのは、MSWと連携拠点が「人をつなぐ」から「地域を変える」パートナーへと進化することです。

MSWの役割:個別の退院支援で見えた課題を「地域課題」として抽出し、言語化する。

拠点の役割:その課題を多職種・行政と共有し、具体的な解決策へと構造化する。

これにより、「退院支援の共有化」から「地域づくりの共同化」へとシフトし、MSWは個別の問題を解決するだけでなく、「なぜ同じ問題が繰り返されるのか」を見抜き、地域の課題として提示し、解決していく共同設計者になっていくべきだと考えています。

「手上げ方式」で動き出すワーキングチーム

この新たな取り組みを具体化するため、私の呼びかけで、北見圏域では自主的な「手上げ方式」によるワーキングチームが発足しています。

入退院時情報共有ルール整備ワーキングチーム:情報の分断をなくし、共通の情報共有ルールを整備。

ACP(地域でつなぐACP推進ワーキングチーム:地域で継続的にACPを支える仕組みを構築。

救急搬送適正化・不搬送ルール検討ワーキングチーム:迷わない判断を支える地域ルールの構築。

看取りの質(QoD)調査・地域還元ワーキングチーム:「これでよかった」と思える看取りを増やすための実態調査と還元。

これらはまさに「地域の困りごと」を起点に、多職種が連携し、地域全体で解決に向けて動く、私たちが実践していることです。

MSWは地域の未来を創るキーパーソンへ

今回のシンポジウムを通じて、私は、医療ソーシャルワーカーの仕事が、単なる個別支援に留まらず、地域全体の課題解決と「退院できる地域」の創造へと大きく舵を切る時期に来ていることを改めて強く感じました。在宅医療連携拠点との強力なタッグにより、MSWである私たちが、地域の未来を創るキーパーソンとして、その役割をさらに発展させていくべきだと強く感じています。

    「地域で通い続けられる仕組み」をどう作るか

    令和8年5月29日に開催された日本交通科学学会 分科会にて、「地方都市における通院・移動の現状の問題点」をテーマに報告を行いました。

    今回の報告では、令和2年北見市で実施した「移動(買い物・通院等)に関する実態調査」をもとに、地方都市における高齢者の移動課題について、在宅医療・介護・地域包括ケアの視点から整理しました。

    近年、地域包括ケアシステムや在宅医療の推進が進む一方で、地方都市では人口減少、高齢化、公共交通の縮小が同時に進行しています。特に北見市のような広域分散型の地域では、自家用車への依存度が高く、「車を使えなくなること」が、そのまま生活機能低下や医療アクセス低下へ直結しやすい特徴があります。実際の現場では、

    「冬になると外出できない」
    「バス停まで歩けない」
    「家族送迎が限界」
    「免許返納後に閉じこもってしまう」といった声は珍しくありません。さらに、通院が難しくなることで、

    • 受診中断
    • 内服管理悪化
    • 状態悪化
    • 救急搬送
    • 入院
    • 在宅療養継続困難へつながるケースも多くみられます。

    つまり地方都市では、「移動」は単なる交通問題ではなく、地域医療を支える重要な基盤になっていると言えます。

    今回の調査では、北見市内の介護支援専門員を対象に、高齢者の通院・買い物等の移動状況について調査を行いました。回答対象は4,000人を超え、要支援1から要介護5まで幅広い高齢者の実態を把握することができました。

    分析では、特に次の点が明らかになりました。

    まず、移動困難は重度要介護者だけの問題ではなく、要支援段階から既に始まっているということです。買い物については、要支援1の段階から家族支援への依存がみられ、要介護度が上がるにつれて独力外出は急激に減少していました。

    また、通院支援は家族介護力への依存が非常に大きく、独居高齢者増加や老老介護の進行により、現在の“家族が支える外来通院”の構造は今後維持が難しくなる可能性も示唆されました。

    さらに、通院困難や買い物困難の背景には、単なる交通手段不足だけではなく、

    • 歩行能力低下
    • 持久力低下
    • 転倒不安
    • 認知機能低下
    • 社会的孤立など、フレイルの進行が深く関係していることも見えてきました。

    特に注目されたのは、「現在は独力で通院できているが、3年以内に通院困難になる可能性が高い人」が多数存在していた点です。つまり今後は、

    「通えなくなった後を支える」だけではなく、

    「通い続けられる状態をどう維持するか」という視点が重要になると考えられます。

    一方で、調査では制度サービスだけではなく、近所・知人・友人などによるインフォーマルサポートが、実際に生活を支えている実態も明らかになりました。例えば、

    • 近隣住民による通院送迎
    • 知人による買い物支援
    • 地域住民による見守り
    • 昔からの友人による付き添いなど、日常的な支え合いが高齢者の生活継続を支えていました。

    今回の発表では、こうした実態を踏まえ、「移動支援は交通施策だけではなく、フレイル対策であり、地域医療政策でもある」という視点から、

    • 訪問診療
    • 救急医療
    • 介護
    • 地域交通
    • 地域づくり

    を横断した支援の必要性についてお話しました。

    また、今後の光明として、住民主体の通いの場や地域活動など、インフォーマルサポートの可能性についても話し合われました。

    高齢者が“地域で暮らし続ける”ためには、医療や介護だけではなく、「地域で通い続けられる仕組み」をどう作るかが重要になります。

    今回の報告が、地方都市における移動支援と地域医療のあり方を考えるきっかけになればと思います。

    「地方都市における通院・移動の現状の問題点」を報告しました

    先日開催された日本交通科学学会の「超高齢社会における人々の移動ないし搬送に関する委員会合同分科会」にて、「地方都市における通院・移動の現状の問題点」を報告しました。
    地方都市、特に北見市における高齢者の通院・移動に関する現状と課題、および今後の対策について、以下にまとめます。

    はじめに
    北海道の地方都市、特に広域分散型都市である北見市においては、高齢化と人口減少、公共交通の縮小、自家用車依存社会という構造的要因により、「医療へアクセスできること」自体が困難となりつつあります。この状況下では、「病気になること」以上に、「病院へ行けなくなること」が在宅療養継続の分岐点となっています。

    北見市の概要と調査結果の要点
    北見市は人口108,634人に対し、65歳以上高齢化率が36.6%、75歳以上高齢化率が21.8%と高い高齢化率を示しています。
    北見市と北見市医療・介護連携支援センターが令和3年度実施した「移動(買い物・通院等)に関する実態調査」(ケアマネジャー対象、回収率82.4%)では、以下の点が明らかになりました。

    ①要支援段階からの移動困難化
    要支援段階から既に買い物や通院における移動困難が発生しており、家族支援への依存が過半数を占めています。

    ②家族介護力への高い依存
    買い物・通院ともに家族支援への依存が極めて大きいことが示されています。

    ③主な困難理由
    独力での買い物・通院が困難な理由の主因は、身体機能低下(歩行困難、転倒不安、持久力低下、冬期路面への不安など)および認知機能低下(金銭管理困難、買い忘れ、判断力低下など)であることが確認されました。通院においては、移動だけでなく院内歩行、診察内容の理解、会計や薬の受け取りなど複雑な支援が必要であるため、より早期から他者支援依存が強い傾向にあります。

    ④通院困難予備群の存在
    現在は通院可能であっても、回答したケアマネジャーの予測では、3年以内に通院困難化すると予測される「予備群」が多数存在していました。これは身体機能と認知機能の双方を必要とする通院という行為の特性に起因すると考えられます。通院は、診察予約の理解(忘れない)、時間管理(通院身支度)、診察内容の理解、医師との会話、薬局での調剤受け取りなど複雑な認知機能が必要となるからだと推察できます。


    ⑤インフォーマル支援の存在
    近所・知人・友人による送迎や買い物代行といった、制度化されていないインフォーマルな支援が、通院継続を支えている実態も明らかになっています。

    訪問診療の現状と課題
    北見市における人口10万人あたりの訪問診療患者数は約320人と、北海道平均(約430人)および全国平均(約370人)と比較して低い実態があります。また、訪問診療は特定の医療機関に集中しており、利用者の65%が高齢者住宅や施設系居住サービス入居者で、自宅居住者への供給は30%でした。このことは、「通院困難な人は多いが、訪問診療を受けられる人は少ない」という構造的ギャップを示唆しています。

    現場で発生している問題点
    通院困難により、家族・ケアマネジャー・介護職への過剰な負担が発生し、制度化されていない支援が地域医療を支えている側面があります。また、通院中断は慢性疾患の悪化やフレイルの進行を招き、結果として救急搬送や入院増加につながるリスクが高まる恐れがあります。さらに北見地区消防組合のデータによれば、救急出動件数の約10%が高齢者施設からの要請であり、施設での心肺停止(CPA)遭遇率も高い状況です。

    今後必要な対策(提案)
    今回の報告では、以下の6つの対策を提案しました。


    ①移動支援を「フレイル対策」として位置づける
    移動支援を単なる交通施策ではなく、外出機会を維持しフレイル進行を防ぐための施策として捉える必要があります。
    ②通い続けられる支援」への転換
    「通えなくなった後」の対応に偏りがちな現状から、通院送迎、院内介助、短距離移動支援など、「通い続けられる支援」へ重点を置く必要があります。
    ③家族介護力依存からの転換
    独居高齢者の増加や家族の遠距離化などを考慮し、インフォーマル支援、地域住民の助け合い、有償・無償ボランティアなど多様な支援体制構築が求められます。
    ④通いの場を地域移動支援基盤として活用する
    「以前からの人間関係」が生活継続を支える実態を踏まえ、通いの場やサロンなどを「地域の移動支援基盤」として育成する視点が必要です。
    ⑤医療・介護・交通分野の横断的連携
    各分野が個別に対応している現状を改め、情報共有を通じて「地域で通院・外出を支える体制」を横断的に検討する必要があります。移動支援は、巡回バス、乗合送迎、有償ボランティア、介護タクシー支援、冬季限定支援などを含め、「地域医療維持政策」として再設計すべきです。
    ⑥外来診療をフレイル発見拠点として活用する
    外来は歩行低下、受診忘れ、服薬管理悪化など、フレイル悪化を発見する最前線であるため、早期発見とリハビリテーション・地域支援への連携を強化することで、在宅生活の継続可能性が高まります。このためには、医療機関が「外来受診しやすい体制」を構築することが重要です。

    結論
    地方都市における通院困難問題は、「地域医療の周辺課題」ではなく、「地域医療の中心課題」として位置づけられるべきであり、在宅医療、救急医療、外来医療、介護現場のすべてに波及するテーマです。今後は、「通えなくなってから支える」のではなく、「通い続けられる地域をつくる」という視点への転換が求められます。

    人口減少社会の中で、これからの介護と意思決定支援を考える

    令和7年4月17日、オホーツク地区老人福祉施設協議会の総会・研修会で講演を行いました。
    この協議会は、主に特別養護老人ホームなど高齢者施設で構成される団体です。

    本来は昨年掲載予定だった内容ですが、下書きのまま公開されていなかったため、あらためて整理してご紹介します。

    今回のテーマは、「人口減少社会の中で、医療と介護はどう変わるのか」、そして「これからの意思決定支援をどう考えるか」でした。

    “2025年問題”は、すでに始まっている

    2025年には、いわゆる団塊の世代約800万人が75歳以上となります。
    大きな社会変化が起こると言われていますが、日常生活ではまだ実感しにくいかもしれません。

    しかし、地域の医療・介護現場を見ていると、変化はすでに始まっています。

    北見市から受託している「在宅医療・介護連携推進事業」を通じて感じるのは、人口減少による影響が、水面下で静かに進行しているということです。

    介護職員不足、医療機関の負担増、受け皿不足…。
    このまま何もしなければ、地域の医療と介護は徐々に維持が難しくなっていきます。

    これから起こるかもしれない地域の変化

    人口減少と高齢化が進むことで、次のような状況が現実味を帯びてきます。

    • 退院後に介護サービスが受けられない
    • 救急搬送を依頼しても受け入れ先が見つからない
    • 施設入所を希望しても空きがない
    • 医療や介護への不安から都市部へ転出する人が増える

    特に地方では、「人手不足」があらゆる課題の根底にあります。「誰かが支えてくれる」前提そのものが成り立たなくなりつつあります。

    特別養護老人ホームに求められる変化

    特別養護老人ホームでは、今後さらに医療ニーズの高い入所者が増えると考えられます。

    これまで施設で対応が難しかった医療処置も、一定程度は受け入れていかなければ、入所者確保そのものが難しくなる可能性があります。

    また、

    • 介護職員不足
    • 収益低下
    • 小規模施設の運営困難

    などにより、法人合併や事業譲渡も増えていくかもしれません。

    その中で重要になるのが、「医療機関との連携」です。

    単に“入院先を確保する”という関係ではなく、

    「施設でどこまで支えるか」
    「どのタイミングで医療につなぐか」

    を、日頃から具体的に相談できる関係づくりが必要になります。

    デイサービスも転換期を迎える

    デイサービスも大きな転換点にあります。

    今後は、要介護1・2の利用者まで総合事業へ移行する可能性があり、従来型デイサービスは利用者減少の影響を受けることが予想されます。

    背景には、

    • 介護財政の問題
    • 介護職不足
    • 「改善につながるサービス」が求められていること

    があります。

    つまり、これからは「ただ通う場所」ではなく、

    • 心身機能の維持・改善
    • 生活機能の向上
    • 本人の暮らしを支える成果

    が、より重視される時代になっていきます。

    元気な高齢者”が地域を支える時代へ

    総合事業では、「住民主体の通いの場」が重要視されています。

    地域の高齢者同士が体操や交流を行い、軽度者を地域で支える仕組みです。

    限られた介護人材で地域を支えるには、

    • 軽度者は地域で支え合う
    • 重度者は専門職が支える

    という役割分担が避けられない状況になっています。

    介護専門職は、より重度者支援や専門性の高いケアへシフトしていくことが求められるでしょう。

    意思決定支援は「最期の話」だけではない

    今回の講演で特にお伝えしたかったのが、「意思決定支援」の考え方です。

    ACP(アドバンス・ケア・プランニング)は、単に看取りや延命治療を決めるためのものではありません。

    本来は、

    • 本人がどんな暮らしを望むのか
    • どんな時間を大切にしたいのか
    • どんな時に安心できるのか

    を支えるための取り組みです。

    「施設で看取ること」が必ずしも最善とは限りません。

    最期まで施設で過ごすのか、入院するのか。
    どんな医療を受けるのか。

    それを決めるのは、本人と家族です。

    だからこそ、最期の瞬間だけではなく、“今の暮らし”をどう支えるかが大切になります。

    これからの15年に向けて

    これからの社会は、ゆっくりと縮小していきます。

    人に頼ろうとしても、その「人」自体が減っていく時代です。

    その中で、

    • どんな利用者を支えるのか
    • どの医療機関と連携するのか
    • 施設として何を大切にするのか

    を、今から考えていく必要があります。

    そして意思決定支援とは、「死ぬ時の話」ではなく、“その人が、生きている今をどう充実して過ごすか”を支えることなのだと思います。

    地域でつなぐACP推進事業 -入院を起点とした継続的対話モデル- への期待

    意思決定は、なぜリセットされてしまうのか

    在宅医療連携の現場に関わる中で、ずっと感じていることがあります。それは、「意思決定がつながっていない」ということです。

    入院するたび、退院するたび、そして急変のたびに、その都度、「どうしますか」と問い直されています。

    もちろん、その問いは必要です。
    しかし本来、本人の意思や価値観は、その都度“作り直されるもの”ではなく、時間をかけて積み重なっていくものです。

    これまでACPが地域で取り組めるよう取り組んできました。一定数の医療職の方やケアマネジャーは既に実践しています。
    しかし多くの現状では、医療と介護の場面ごとにその対話が分断され、結果として意思決定が「リセット」されてしまっているのです。
    ここに、地域としての大きな課題があると考えています。

    入院という「これからを振り返る機会」を活かす

    これまでACPは、「いつ始めるかが難しい」と言われてきました。
    ケアマネジャーの皆さんは、「ACPの取り組みの必要性は理解できるが、平時(病状の安定期)に利用者へACPを持ち掛けることはタイミングとして難しい、きっかけが必要」という声が多く聞かれました。
    確かに、日常の安定した生活の中で切り出すのは容易ではありません。

    一方で、入院した場合はどうでしょうか。
    患者・家族にとって、今後の生活や医療のあり方を考えざるを得ないタイミングであり、医療者が自然に関わることができる場面でもあります。

    そこで、入院を「起点」にしてはどうかと考えたのです。

    大きなことをする必要はありません。「これから大切にしたいことは何ですか」
    その一言を問いかけ、一行だけ記録に残す。

    その小さな対話が、退院後の在宅療養につながり、再入院時にまた引き継がれていく。

    「決める」から「育てる」へ

    意思決定とは、一度決めて終わるものではなく、状況に応じて変化しながら“育っていくもの”、“変わっていくもの”です。

    医療の場面だけで完結させるのではなく、在宅、施設、そして再入院と、地域全体で対話をつないでいく。

    その仕組みを整えることが、これからの在宅医療に求められているのではないでしょうか。

    迷わない地域とは何か

    「迷わない地域」と聞くと、迷いが存在しない状態を想像しがちです。
    しかし実際には、医療において迷いがなくなることはありません。
    重要なのは、その迷いを“個人に背負わせない”ことです。

    地域の中で支え合いながら、迷いながら意思決定ができる状態、それこそが「迷わない地域」なのだと思います。

    今回取り組もうとしている「地域でつなぐACP推進事業 -入院を起点とした継続的対話モデル-」は、決して新しい仕組みを一から作るものではありません。

    今ある医療と介護の間に、「対話をつなぐ流れ」を取り戻す取り組みです。

    まずは無理のない形で、小さく始める。
    その積み重ねが、地域の医療・介護文化をつくっていく。

    そのような視点で、関係機関の皆様と共に検討を進めていければと考えています。

    私たちの任務かどうか引き受ける態度で「私たちは何者か」が決まる

    時折、過去の自分に出会い直すような瞬間がある。先日、2022年に医療ソーシャルワーカーの全国大会シンポジウム「我々は何者なのか? 過去、現在から未来に向けて考える」で私が講演した資料が、ひょんなことから出てきた。

    読み返してみると、不思議な感覚になる。「ああ、そうだな」と素直に思う。自分で書いたものだから当然なのだが、同時に、今の実践の中でもなお有効な問いがそこに残っていた。

    当時、私は少し挑発的な立場をとっていた。「私たちは何者か」を問うべきなのは、私たち自身ではない。
    それを規定するのは、常に“他者”である。

    医療ソーシャルワーカーとは何か。どれだけ制度に位置付けられ、診療報酬に明記されたとしても、社会や住民がその存在を認識していなければ、それは「何者でもない」に等しい。

    にもかかわらず、私たちはしばしば、自分たちの役割を自分たちで定義しようとする。それはどこか内向きで、自己完結的で、そしてどこか「安全」な営みでもある。

    在宅医療・介護連携の現場では、よくこう問われる。

    「で、どうすればいいんですか」

    入退院時の連絡が来ない。
    来ても内容が使えない。
    担当者によって質がばらばら。

    これは医療ソーシャルワーカーに限った話ではない。
    多くの職種が、制度や環境の制約の中で仕事をしている。

    「診療報酬で決められているから」
    「所属機関の方針だから」
    「時間がないから」

    確かに、それらは事実である。
    しかし同時に、それらは「できない理由」としても機能してしまう。

    ここで問われるべきは、能力や制度ではない。
    その課題を「自分たちの任務として引き受けるのかどうか」という態度である。

    かつて、社会福祉士が診療報酬に明記される以前、医療ソーシャルワーカーは医療機関の中で極めて曖昧な存在だった。

    院内の「何でも屋」。
    どこにも属さず、しかしどこにでも関わる。

    それは裏を返せば、「境界を持たない職種」でもあった。

    だからこそ、常に問われてきた。
    これは仕事(work)なのか、それとも単なる労働(labor)なのか。

    この問いに明確な答えはない。
    しかし一つ言えるのは、医療ソーシャルワークとは本来、制度や役割の外側ににじみ出る「社会の困りごと」を扱ってきた実践だったということだ。

    「これがなければ医療ソーシャルワーカーではないもの」

    「私たちは何者か」を直接問うよりも、
    「これがなければ医療ソーシャルワーカーではないものは何か」と考える方が、本質に近づくように思う。

    なぜなら、私たちの対象は常に変化してきたからだ。

    医療、介護、生活、地域—
    その境界は揺れ続けている。

    であれば、固定された役割や機能ではなく、どのような課題に向き合い、何を引き受けてきたのかこそが、その職種の輪郭を形作る。

    近年、医療ソーシャルワーカーの世界にも、ある種の“短期志向”が広がっているように感じる。

    いかに制度に位置付けられるか。
    いかに現在の業務の価値を最大化するか。

    もちろん、それ自体は重要である。
    しかし、それだけでは「今良ければいい」という思考に陥る。

    かつて、精神保健福祉士法案をめぐる議論があった。
    その本質は、制度の是非ではなく、
    「未来に向けて、私たちは何者であるべきか」という問いだったはずだ。

    長期的な視点で、自らのあり方を問い続ける。
    その営みこそが、職種の価値を形作っていく。

    ここで改めて考えたい。

    私たちの任務とは、あらかじめ決められているものなのだろうか。

    確かに、制度や職務記述は存在する。
    しかし現場で起きている問題の多くは、その外側にある。

    入退院連携のほころび。
    意思決定の宙づり。
    地域での孤立。

    それらに対して、「それは私たちの任務ではない」と線を引くのか。
    それとも、「これは自分たちの任務だ」と引き受けるのか。

    その選択の積み重ねが、結果として
    「私たちは何者か」は外側から規定されていく。

    境界を引くほど、取りこぼしは増える

    世界を正確に理解しようとすればするほど、私たちは物事を分解し、区別しようとする。しかし、部分を精緻にすればするほど、全体はその分だけ広がっていく。

    つまり、「ここまでが自分たちの仕事だ」と明確にすればするほど、「それ以外」は誰の仕事でもなくなっていく。そしてそこに、社会の困りごとが取り残される。


    結局のところ、「私たちは何者か」という問いに、先に答えはない。あるのは、日々の選択だけである。

    その課題を引き受けるのか
    見送るのか
    関わり続けるのか
    手放すのか

    その一つひとつの態度が積み重なり、後になって「あれが私たちだった」と語られる。

    医療も介護も、そして社会そのものも変わり続けている。薬剤師は対人業務へ、医師は社会的処方へと役割を広げている。それはすべて、「社会からの要請」に応じた変化である。

    であれば、医療ソーシャルワーカーもまた、あるいは在宅医療・介護連携に関わる私たちもまた、
    問うべきは「何者か」ではない。

    目の前の課題を、自分たちの任務として引き受けるのかどうか。

    その態度こそが、これからの私たちの輪郭を形作っていくのだと思う。

    連携拠点は「情報生産者」になれるか

    ― 現場から考える在宅医療連携拠点の新しい役割 ―

    地域で在宅医療・介護連携の仕事をしていると、よく感じることがあります。それは、私たちが普段触れている情報の多くが「外から来たもの」だということです。国の政策、他地域の先進事例、研究報告、研修資料。どれも大切な情報ですが、ふと立ち止まって考えると、私たちはそれらを学び、地域に紹介する「情報消費者」になっているだけではないだろうか、という疑問が浮かびます。

    社会学者の上野千鶴子さんは、「情報消費者ではなく情報生産者になろう」という言葉を語っています。この視点は、在宅医療の連携拠点の役割を考えるうえでも、とても示唆的だと思います。

    在宅医療の現場では、日々さまざまな出来事が起きています。退院支援の調整がうまくいった事例、連携が難しかった事例、在宅での看取りを支えた経験、あるいは救急搬送を巡って悩んだケース。これらは一つひとつが地域の現場で生まれた貴重な経験です。しかし多くの場合、それは個別の出来事として終わり、地域の「知識」として整理されることはあまりありません。

    ここに、連携拠点の新しい役割があるのではないかと考えています。

    私たちの仕事は、単に会議を開いたり、研修を企画したりすることだけではありません。地域で起きている出来事を丁寧に集め、その中に共通する課題や構造を見つけ出し、それを地域の知識として整理すること。そして、その知識を地域の中で共有し、さらには外へ発信していくことです。

    例えば、地域ケア会議や多職種連携の場では、個別事例の検討が行われます。そこでは「なぜこの調整は難しかったのか」「どの段階で連携がうまく機能したのか」といった議論が交わされます。こうした対話の中から見えてくるのは、単なる個人の問題ではなく、地域の仕組みや関係性の課題です。

    もしそれらの経験を丁寧に整理すれば、地域特有の連携の特徴や課題が見えてきます。そしてそれは、同じような悩みを抱える他の地域にとっても役立つ知見になるかもしれません。

    「地域の実情に合わせて」という言葉は、在宅医療の議論でよく使われます。しかし本当に大切なのは、その「実情」がどのような経験や工夫から成り立っているのかを言葉にし、共有することではないでしょうか。

    連携拠点が情報消費者から情報生産者へと役割を変えていくとき、地域の現場で積み重ねられてきた経験は、単なる日常の出来事ではなくなります。それは地域医療の未来を考えるための知識として、新しい意味を持ち始めます。

    在宅医療の連携は、制度やマニュアルだけで完成するものではありません。地域の現場で生まれる経験や対話を通じて、少しずつ形づくられていくものです。

    連携拠点とは、その経験を記録し、整理し、社会に伝える場所でもある。

    そんな役割を、これからの拠点は担っていくのだと思います。

    在宅医療を増やすだけでは足りない ― 医療資源を守る「地域文化」という視点

    昨年2月、医療情報サイトの記事で興味深い取り組みを知った。
    北海道由仁町の診療所が警備会社ALSOKと連携して始めた「診療所駆けつけサービス」である。

    このサービスは、由仁町立診療所に通院しているかどうかに関わらず、月額462円で利用できる。体調の急変など緊急時には警備会社を通じて医療機関へ連絡が入り、必要に応じて往診につながる仕組みだという。

    サービスの仕組み自体も興味深かったが、記事の中で特に印象に残ったのは、由仁町立診療所の島田医師の次の言葉だった。

    この言葉には大きな示唆がある。
    在宅医療を「増やすこと」だけを目的にするのではなく、地域全体の医療資源をどう使うかという視点で考えている点である。

    私の住む北見地域でも、医療資源の減少は年々深刻になっている。これは北見に限った話ではなく、多くの地方都市が抱える共通の課題だ。

    そのため各地で様々な取り組みが進められている。
    例えば、主治医・副主治医制の導入による医師の負担軽減、ICTを活用した多職種間の情報共有、ACP(人生会議)の推進などである。これらはいずれも、医療・介護スタッフや住民の負担を軽減しながら在宅医療を支える重要な取り組みだ。

    しかし、島田医師の発言が示しているのは、もう一つ別の視点である。


    それは、医療資源が限られる地域だからこそ、地域全体で医療資源を最適に使うという「文化」を育てる必要があるという考え方だ。

    島田医師は、かつて勤務していた長野県の佐久総合病院での経験について、次のように語っている。

    ここで語られているのは制度やルールの話ではない。
    地域の中に自然に根付いた医療の使い方の文化である。

    人口減少が進む時代、地域の課題は数多い。医療資源の確保を、減少していく医療・介護スタッフの努力や工夫だけで解決するには限界がある。だからこそ、資源の確保と同時に、地域全体で医療資源をどう使うかという視点が必要になってくる。

    昨年12月、北海道の在宅医療連携拠点事業の開始にあわせて、北見地域でも「北見在宅圏域多職種連携・ケアネットワーク」という医療・介護専門職のネットワークが立ち上がった。

    発足会で講演された医師は、次のように話していた。

    医療や介護の枠を超えた地域活動、例えば防災訓練や地域イベント、食事会など、一見すると医療とは関係のない活動が、実は地域のつながりを生み、在宅医療を支える土壌になっていくという。

    地域づくりとは、制度を整えることだけではない。
    人々の中に「それが当たり前だ」という感覚が、少しずつ育っていくことなのだと思う。

    過剰な在宅医療や不要な入院を防ぎ、地域全体で医療資源を大切に使う。そうした考え方が、医療・介護職だけでなく地域の住民にも共有されていくこと。それが、医療資源の限られた地域でこれからますます重要になるのではないだろうか。

    地域住民が医療資源の減少を危惧して行政に不満をぶつけるだけではなく、医療・介護職や行政とともに、地域の医療・介護資源をどう守り、どう使っていくのかを考える。

    私が担当している「在宅医療に必要な連携を担う拠点」の役割も、単に医療機関同士をつなぐことではない。


    地域の中に、医療資源を自分事とすること。暮らしと医療が「共存」する文化を育てていくこと。その視点の重要性を、今回の記事から改めて考えさせられた。

    在宅医療の鍵は「暮らし」と「納得」

    令和8年2月7日に開催された、第7回北見薬剤師会 学術大会のパネルディスカッションで「北見地域 における在宅医療の現状と課題 ―薬剤師とつくる“暮らしを支えるチーム”―」というテーマでお話しをさせていただいた。忘備録としてここに掲載する。

    北見地域の在宅医療は、いま大きな転換点に立たされている。北網圏域の医師数は全国平均の半分以下で、訪問診療を担う医師も限られている。一方、介護現場では人材不足が深刻化しており、北見市ではこの3年間で介護職員が345人減少し、その4人に1人が60歳以上となっている。医療も介護も「人が足りない」時代に入りつつある中で、高齢者が住み慣れた地域で暮らし続けるためには、従来のやり方の延長ではもはや支えきれない状況である。
    2040年には団塊の世代がすべて90歳以上となり、北見市では85歳以上人口が約1.4倍に増加する。一方で支える側の介護人材は今後さらに減少すると見込まれている。支える人が減り、支えられる人が増える社会の中で、在宅医療の「限界点」をどう引き上げるかが、地域全体の課題である。

    現場では、本人が「最期は自宅で」と希望していたにもかかわらず、急変時に119番され、そのまま病院で亡くなるケースが少なくない。また、施設に入所していても、急変時や心停止時の対応について本人・家族と十分に話し合われていない例が多く見られる。つまり、「本人の意思」が医療・介護の関係者間で共有されていない現実がある。在宅医療・介護の本質は、単に「どう治すか」ではなく、「どう生きたいか」「どう最期を迎えたいか」を支えることにある。

    さらに見逃せないのが、要支援者の“静かな重度化”である。北見市では要支援2の約27%が1年以内に状態悪化しており、通所介護やリハビリに通っていても機能が低下する人が一定数存在する。軽度の段階で生活を立て直せなければ、やがて中重度となり、在宅生活は困難になる。この「軽度者ゾーン」に医療職がもっと関わる必要があり、ここに薬剤師の役割が大きく関わってくる。

    薬剤師と直結する現場課題の一つが「残薬」である。北見市の調査では、ケアマネジャーの約40%が残薬のある利用者を経験しているにもかかわらず、薬局に相談しているのは25%にとどまっている。訪問看護師には約50%が相談していることから、「どの薬を、どこで、どう飲んでいるか」がチームで十分共有されていない実態が浮かび上がる。残薬は「患者さんが悪い」から起きるのではなく、「その人の生活と薬が合っていない」サインである。残薬は問題ではなく、暮らしの困りごとが見える貴重な情報源なのである。

    では、なぜ薬剤師に相談されにくいのか。その理由は「顔が見えない」「役割が見えない」からである。現場で接点の多い訪問看護師には相談しやすいが、「かかりつけ薬局はあっても、かかりつけ薬剤師が見えない」という声は少なくない。役割がイメージできなければ連携は生まれない。
    「残薬問題を多職種で解決する」というテーマで開催した多職種研修会では、「残薬は“飲まない”のではなく、“飲めない”ことが多い」という共通認識が生まれた。薬が合っていないのではなく、生活に合っていないのである。ここに薬剤師が入ることで、“生活に合う処方”への再設計が可能になる。在宅医療では今、「指導」から「納得」へ、「伝達」から「伴走」へ、「薬を出す」から「暮らしを支える」へというパラダイムシフトが求められている。

    薬剤師がチームに入ることで、内服は単なる医療行為ではなく「生活の一部」になる。ケアマネジャーは「この人の暮らしに、この薬は合っていますか」と相談できるようになり、それが再入院予防や重度化予防に直結する。薬剤師はまさに「生活と医療をつなぐ翻訳者」である。
    北見では、適切なケアマネジメント手法を用いたケアプラン支援事業に多職種で関わり、令和7年度からは薬剤師会も参画している。薬剤師に求められる具体的な行動として、①ケアマネからの相談を気軽に受ける窓口になること、②退院時処方のチェックと共有、③居宅療養管理指導を活用した生活に即した服薬支援、④事例を薬剤師会で蓄積・共有することが挙げられる。

    北見が目指す在宅医療の姿は、「地域が1つの病院のように機能分担する」こと、そして「多職種が本人の意向を共通言語にする」ことである。診断や制度ではなく、「この人はどう生きたいのか」という問いを中心にチームがつながる。その中で薬剤師は、「薬の人」ではなく「暮らしを支えるチームの一員」として前に出ていくことが期待されている。

    在宅医療の鍵は、「暮らし」と「納得」である。薬剤師は、生活と医療をつなぐ重要な専門職であり、小さな連携の積み重ねが、やがて地域の仕組みとなる。今日の講演が、北見の在宅医療における新しい連携のスタートになることを願う。

    専門性を「供託」するということ

    ―地域ケア個別会議がひらく、対話と多職種連携の可能性―

    昨年、とある学会のシンポジストでお話しをした。最近その講演の原稿を校正する機会があり、改めて私が伝えたかったことをまとめてみたのでここに掲載する。

    この仕事をしていて現場でよく耳にするのが、「連携しているはずなのに、なぜか噛み合わない」「会議はしているけれど、暮らしが良くなっている実感がない」という声だ。その違和感の正体は、私は「専門性の使われ方」と「対話のあり方」にあるのではないかと思っている。

    ■ 地域ケア個別会議は、誰のための場なのか

    地域ケア個別会議は、本来、ケアマネジャーが抱えている困りごとを、多職種で一緒に考えるための場だ。ところが現実には、「医師としては」「看護師としては」「薬剤師としては」と、それぞれの立場から意見を述べる“専門性の発表会”のようになってしまうことが少なくない。そうなると、会議はいつの間にか「この人の暮らしをどう良くするか」ではなく、「誰の専門性が正しいか」「誰の意見が通るか」という場所取り合戦のような場になってしまうことがある。

    私はこの状況に、ずっと違和感を持ってきた。「この会議は、いったい誰のための場なんだろう」。「私たちは、何のために集まっているんだろう」と。そこで令和5年度からこの会議の発言の際に適切なケアマネジメント手法における「基本ケア44項目」を使った会議運営に変更した。ケアマネジャーには、事例を出すときに「44項目のうち、相談したいことに当てはまる項目番号」を取り上げてもらった。そして助言をする他の職種は、挙げられた基本ケア項目はもとより、必要と考える項目をその理由を付して助言して頂くようにした。つまり「どの項目に関わる支援なのか」「なぜ必要なのか」「どう展開するのか」をセットで話すこととした。

    自由に思いついたことを言うのではなく、「この人の暮らしにどうつながるか」を軸に発言するルールである。最初は「窮屈だ」「猿轡をはめられたみたいだ」と言われた。でも続けるうちに、会議の空気が変わってきた。

    医師からは「顔が見える連携だけでは足りない。何のために集まっているのかを共有しないと意味がない」
    薬剤師からは「会わない利用者さんの暮らしを想像して支えることが、私たちの仕事なんじゃないか」
    そんな言葉が出てくるようになった。

    ■ 専門性を“供託”するという発想

    私はこの変化を「専門性の越境」と呼んでいる。専門性を磨くこと自体は、とても大事だ。でも、それに固執すると、相手の世界が見えなくなる。一度、自分の専門性を横に置いてみる。そして患者さんや利用者に対し「この人の暮らしに何が必要なのか」を考える。そのとき、専門性は“目的”ではなく“手段”になる。言い換えると「専門性を供託する」というイメージだ。専門性は私のものだが、私だけのものではない。地域または会議という共有地にいったん差し出してこそ、別の使われ方が生まれる。

    多職種連携とは、専門性を競い合うことではなく、専門性を“預け合う関係”をつくることなのだと思った。

    ■ 住民は「支援される側」ではなく「担い手」

    もう一つ、大きな転換になったのが、住民主体の通いの場づくりだ。通いの場づくりにあたり、どこで、何曜日に誰が集まるかなどは住民自身が考えて頂くことした。地域包括支援センターは、必要性を住民へ説明するけれど、あえて最小限の関わりにとどめた。場所も時間も人選も、住民に任せた。「やりたいと思ったら連絡してください」と伝えるだけ。

    すると、徒歩15分圏内で週1回体操をする場が、次々と生まれた。1年で30か所、実人数で500人弱が参加する取り組みになった。取り組みの中で、職員からこんな言葉が出てきた。「住民は“支援される側”じゃなくて、“担い手”だった」、「お金がない地域だからこそ、住民主体は主力になる」。対話を重ねる中で、私たち支援者側の前提が揺さぶられた。「自分たちは、住民の力を低く見積もっていたんじゃないか」そんな省察が生まれてきたのだ。

    ■ 対話とは「うまく話すこと」ではなく「変わっていくこと」

    対話とは、相手を納得させる技術ではなく、自分の見方が揺さぶられ、「自分はこう思い込んでいたんだ」と気づくプロセスなのではないだろうか。そう気づいた瞬間に、別の選択肢が生まれる。実践が変わっていく。

    溝に橋を架けるというのは、相手を変えることではなく、自分が少し別の人になることではないだろうか。自分のやり方や考え方を、少しだけ捨ててみる勇気である。

    ■ 多職種連携とは専門性を“供託”し合う関係

    多職種連携とは、情報を集めることではなく、専門性を暮らしのために“供託”し合う関係をつくること。対話とは、うまく話すことではなく、自分が変わっていくこと。相手に近づくということは、同時に、自分が今までとは違う場所に立つということでもある。地域という共有地に、それぞれの専門性と前提を持ち寄って、揺さぶられ合いながら橋を架けていく。その営みの中に、これからの医療・介護・多職種連携の可能性があると信じている。