―地域ケア個別会議がひらく、対話と多職種連携の可能性―
昨年、とある学会のシンポジストでお話しをした。最近その講演の原稿を校正する機会があり、改めて私が伝えたかったことをまとめてみたのでここに掲載する。
この仕事をしていて現場でよく耳にするのが、「連携しているはずなのに、なぜか噛み合わない」「会議はしているけれど、暮らしが良くなっている実感がない」という声だ。その違和感の正体は、私は「専門性の使われ方」と「対話のあり方」にあるのではないかと思っている。
■ 地域ケア個別会議は、誰のための場なのか
地域ケア個別会議は、本来、ケアマネジャーが抱えている困りごとを、多職種で一緒に考えるための場だ。ところが現実には、「医師としては」「看護師としては」「薬剤師としては」と、それぞれの立場から意見を述べる“専門性の発表会”のようになってしまうことが少なくない。そうなると、会議はいつの間にか「この人の暮らしをどう良くするか」ではなく、「誰の専門性が正しいか」「誰の意見が通るか」という場所取り合戦のような場になってしまうことがある。
私はこの状況に、ずっと違和感を持ってきた。「この会議は、いったい誰のための場なんだろう」。「私たちは、何のために集まっているんだろう」と。そこで令和5年度からこの会議の発言の際に適切なケアマネジメント手法における「基本ケア44項目」を使った会議運営に変更した。ケアマネジャーには、事例を出すときに「44項目のうち、相談したいことに当てはまる項目番号」を取り上げてもらった。そして助言をする他の職種は、挙げられた基本ケア項目はもとより、必要と考える項目をその理由を付して助言して頂くようにした。つまり「どの項目に関わる支援なのか」「なぜ必要なのか」「どう展開するのか」をセットで話すこととした。
自由に思いついたことを言うのではなく、「この人の暮らしにどうつながるか」を軸に発言するルールである。最初は「窮屈だ」「猿轡をはめられたみたいだ」と言われた。でも続けるうちに、会議の空気が変わってきた。
医師からは「顔が見える連携だけでは足りない。何のために集まっているのかを共有しないと意味がない」
薬剤師からは「会わない利用者さんの暮らしを想像して支えることが、私たちの仕事なんじゃないか」
そんな言葉が出てくるようになった。
■ 専門性を“供託”するという発想
私はこの変化を「専門性の越境」と呼んでいる。専門性を磨くこと自体は、とても大事だ。でも、それに固執すると、相手の世界が見えなくなる。一度、自分の専門性を横に置いてみる。そして患者さんや利用者に対し「この人の暮らしに何が必要なのか」を考える。そのとき、専門性は“目的”ではなく“手段”になる。言い換えると「専門性を供託する」というイメージだ。専門性は私のものだが、私だけのものではない。地域または会議という共有地にいったん差し出してこそ、別の使われ方が生まれる。
多職種連携とは、専門性を競い合うことではなく、専門性を“預け合う関係”をつくることなのだと思った。
■ 住民は「支援される側」ではなく「担い手」
もう一つ、大きな転換になったのが、住民主体の通いの場づくりだ。通いの場づくりにあたり、どこで、何曜日に誰が集まるかなどは住民自身が考えて頂くことした。地域包括支援センターは、必要性を住民へ説明するけれど、あえて最小限の関わりにとどめた。場所も時間も人選も、住民に任せた。「やりたいと思ったら連絡してください」と伝えるだけ。
すると、徒歩15分圏内で週1回体操をする場が、次々と生まれた。1年で30か所、実人数で500人弱が参加する取り組みになった。取り組みの中で、職員からこんな言葉が出てきた。「住民は“支援される側”じゃなくて、“担い手”だった」、「お金がない地域だからこそ、住民主体は主力になる」。対話を重ねる中で、私たち支援者側の前提が揺さぶられた。「自分たちは、住民の力を低く見積もっていたんじゃないか」そんな省察が生まれてきたのだ。
■ 対話とは「うまく話すこと」ではなく「変わっていくこと」
対話とは、相手を納得させる技術ではなく、自分の見方が揺さぶられ、「自分はこう思い込んでいたんだ」と気づくプロセスなのではないだろうか。そう気づいた瞬間に、別の選択肢が生まれる。実践が変わっていく。
溝に橋を架けるというのは、相手を変えることではなく、自分が少し別の人になることではないだろうか。自分のやり方や考え方を、少しだけ捨ててみる勇気である。
■ 多職種連携とは専門性を“供託”し合う関係
多職種連携とは、情報を集めることではなく、専門性を暮らしのために“供託”し合う関係をつくること。対話とは、うまく話すことではなく、自分が変わっていくこと。相手に近づくということは、同時に、自分が今までとは違う場所に立つということでもある。地域という共有地に、それぞれの専門性と前提を持ち寄って、揺さぶられ合いながら橋を架けていく。その営みの中に、これからの医療・介護・多職種連携の可能性があると信じている。

